桜
温かい風が吹く野原。
一本だけ立っている、満開の桜の樹。
その桜の樹の下にメタトロンは腰掛けていた。
桜は満開よりちょっと前のほうが美しい。
「少し、惜しい事をしたかな…」
そんな事を考えながら、お茶を一口。
フィーナルに、微かな桜の香りがした。
「…?」
フィーナルの近くに桜などあったのか。
いい加減、単調な仕事に嫌気がさしていたハニエルが顔を上げた。
桜など、十賢者になってから見た記憶など無い。
「ミカエル」
「ん?」
「花見にでも行くか」
何気なく目をやった窓の外。
そこには、濃いピンク色の桜の樹が見えた。
「桜なんて、本以外では見たことが無いな」
「いきなり何を言っている」
ガブリエルの声に反応したルシフェルが声を掛けた。
「ルシフェル、桜を見に行かないか」
怪訝そうに眉を寄せたルシフェルが窓の外に目をやる。
「折角の誘いだが、断る」
キッパリを断られ、ガブリエルが不機嫌そうな顔になった。
「何故」
理由を聞かなければ気がすまない、と言う顔のガブリエルに一言。
「気が進まない」
「ルシ 」
「と、言うのは冗談だ。 先客が居るだろう」
「私はここで、お前と一緒に見ていたいよ」
ガヤガヤと、騒がしい声がメタトロンの耳に届いた。
それとほぼ同時に声が掛けられる。
「メタトローン!!」
サディケルが元気良く駆けて来る姿が見える。
「サディケル」
その後ろにはその他5人の姿。
「どうしたんだい、皆そろって」
その問いに答えたのはカマエル。
「桜の良い香りがしたのでな、見に来たのじゃ」
「仕事の疲れを癒しに来たのですよ」
カマエルに続いて応えたラファエルの顔は、既に癒された感じがしている。
「俺たちの場合は訓練をサボったお前を探しに来たんだがな」
言葉の後に桜を見上げたザフィケルは穏やかに笑って続ける。
「でも、この桜を見たらどうでも良くなったな」
「脳味噌ノ構造ガ筋肉シカナクテモ、花ノ良サハ分カルノカ」
「んだとコラ!!」
「先客が居たようだな」
「みたいだな」
桜は見たいが、他の者たちのところへ行くには気が引ける。
ハニエルが迷っていると手を引かれた。
「こういうのは、大勢で騒ぐべきだ。 が、お前はそういうの、苦手だろ?」
「あぁ」
「俺が穴場に連れて行ってやるよ」
お前にそんな知識はあったのか、ハニエルの問いは春の風にかき消された。
桜の樹の下では、賢者たちが思い思いの時間を過ごしている。
戦場では決して見られない、穏やかな表情。
桜の樹だけが知る、本当の賢者たち。
ここまでお付き合いくださり、有難う御座いました。
シリアス脱出!!
後書きという名の言い訳 .
やった、シリアス以外の小説が書けた!
桜の咲具合の好みは個人差があるので、そこの所はよろしくお願いします。
季節感が無いというツッコミが入りそうなんで一言。
北海道は桜の開花が遅いので許してください。
俺の住んでいる所は5/1現在で満開どころか咲いてすらいません。