痛みを感じる私は兵器としては使い物にならないのかも知れない。

それでも、痛みを感じる心を捨てようとは思わない。

それが唯一、私が人間だった証。

 

 

痛み

 

 

 「なぁ、ハニエル」
 「何だ」
 「何で俺達、こんな所にいる訳?」
 「・・・・」
彼らは今、ある惑星の大企業の本社にいた。
それも、用務員の格好をして。
 「そんでもって、何でこんな格好して、掃除なんかしてる訳?」
ミカエルは手に持っているモップをかざして、抗議している。
ハニエルは、そんな相方を横目で見ただけで、作業止めようとはしない。
 

ここにいる理由は、この会社の社長を殺すこと。
ここの社長、ローランは、実質的にこの星の実権を握っている。
様々な悪行などどうでも良いのだが、権力を振るい、他の惑星と通じてネーデと敵対している邪魔な存在であり、抹消すべき対象なのだ。
当然、裏の世界で生きているため、警護はとても厳重である。
警護をかいくぐり、彼の者の命を狩る。
そのためには少しでも怪しまれずに進入する必要があった。
そんなことはミカエルも承知しているはずなのだが、あえて口にしている辺り、嫌味なのだろう。
用務員に変装するという案を出したのは、ハニエルなのだから。
 

 「ったく、いつ現れるんだよ」
文句を言いたくなるのも当然で、かれこれ8時間は永延と掃除をしている。
しかし、文句を言いたいのは彼だけではなく、作業をしていたハニエルはその言葉が引き金であったかのように手を止めた。
 「いい加減、文句ばかり並べてないで掃除をしたらどうだ。怪しまれれば元も子もないぞ。大体     
ハニエルはミカエルに向き直り、完全に説教の体制に入った。
それを確認したミカエルは「げっ」と声を漏らすが、時既に遅し。
 「私達がこの任務に振り当てられた原因は誰が作ったと思っているんだ?お前がガブリエル様に蹴りを入れなければ、
  今頃は研究所の自室で自由時間の筈だったのだ。違うか?」
 

 

そうなのだ。
先日、ミカエルは彼らのリーダーであるガブリエルに、蹴りを見舞ったのだ。

その前日、ガブリエルはルシフェルに邪険にされたと落ち込んでいて、大量の酒を飲んだ。
酒に強い方ではないガブリエルは、次の日は当然二日酔いで、昼近くまで寝ていた。
そこに起こすように言われたミカエルが来て起こしたのだ。
しかし、起こしたは良いが、ぶつぶつ文句は言うわ、唸って毛布に再びくるまるわで、遂にミカエルは蹴りを入れたのだ。
それも、小気味いい音を響かせて。

そのことを根に持っていたガブリエルは、面倒なこの任務をミカエルに押しつけたのだ。
ハニエルは相方と言うことで、巻き添えを食った。
 

 「俺は絶対に悪くねぇぞ。アイツが悪ぃんだ。それにさ、蹴り入れられた位で大人気ないと思わねぇ?」
 「それについて文句はないが、蹴りを入れた相手が悪い。腐ってもリーダーだ」
ミカエルの反論を一掃したハニエルはゴミ袋を抱えて下の階に下りていった。
残されたミカエルも、ため息を付いて再び床を磨き始めた。

 

 

夕日が眩しくて、ローランは思わず目を細めた。
そのままふと、視線を滑らせた先には紅と蒼の対照的な二人。
天使だと錯覚してしまうほど、その出で立ちは美しい。

    あんな清掃員はうちの社にいただろうか。

 

見慣れない清掃員を見て嫌な予感はしたのだ。

ただそれを、気のせいにしてしまった。

それが彼の人生を終わらせる死神だと知らずに。

 

 
 「やっとお出ましか」
いつもなら、そんな言葉を気にも留めないローランだったが、何となく勘に障って足を止めた。
 「どういう意味だ。・・・・誰か、奴をつまみ出せ」
 「急ぎ足だな。今日の仕事は片づいたのか」
青い髪の清掃員が立ち上がる。それに合わせて、ボディーガド達が前に出た。
命令に従い、ボディーガードの一人が彼らの前に立つ。

丁度その時、高い声が響き渡った。

 「パパー、お仕事は終わったのー?」
それはローランの一人娘の声だった。
愛娘の姿が見え、危ないと言おうとした時には既に、ボディーガド達は全員地に伏せていた。

青い髪の青年が舌打ちをした。
 「子供か・・・・」
 「ダメだ、来るんじゃない!!」
しかし、娘は駆け出し、ローランを守るように手を広げ、立ちはだかった。
 「イヤ!!貴方達は誰!!?パパになにするの!!?」
それを見た赤い髪の青年が、この場に似つかわしくない声で笑った。
 「勇敢な嬢ちゃんだなぁ。影でしか動けない父親と違って、度胸がある」

 

そして    残忍に嗤った。

 

 

 

音が、した。

少女の後ろで、ドン、という鈍い音が。
ゴロゴロと、何かが転がる音が。
 

怖い。
怖い、怖い、怖い、怖い      
それでも、後ろを確認しなくてはいけないと、理性が叫ぶ。

 

後ろを確認し、暫くして、声にならない叫びが響き渡った。
その時には、2人の侵入者は跡形もなく消えていた。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元いた惑星は既に、月が高く昇っていた。
欠けてしまっている月を頭上に、2人の青年は研究所を目指して歩いていた。

 「ミカエル」
 「ん?」
ハニエルは一度間を置いて、意を決したかのように一言、絞り出すかのように呟いた。
 「私は・・・・兵器として、重大な欠陥があるな・・・・」
ミカエルは、ハニエルの顔を見たが、その顔には酷く疲れたと書いてあるようだ。
 「どうかしたのか?」
彼が何に対して疲れたのか、話の筋が掴めないため、直接聞いた。
ハニエルはため息を付き、重々しく口を開いた。
 「お前がローランの首を跳ねた時、それが任務だと解っていながら    心が痛かった。殺すことに躊躇はない。
  だが、あそこには奴の子供がいた。あの子供は、あの瞬間を、あの惨劇を、忘れることはできないだろう。それがとても、辛く思えた」
ハニエルは立ち止まり、黒く塗りつぶされた空を見上げ、ゆっくりと目を瞑る。
ミカエルも合わせて立ち止まる。
 「兵器として、捨てるべき感情だ。解っている。解っているんだ。しかし、・・・・頭では解っていても、心が、付いていかないんだ・・・・!」

感情を押し殺そうとしても、痛みに気が付かないフリをしても。
心は重く、判断が鈍る。
こんな事をミカエルに言ったって、彼を困らせるだけで何の解決にもならない。
それでも、言わずにはいられなかった。
このままでは、心が死んでしまう気がした。
 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、後ろから抱きしめられた。
まるで壊れ物でも扱うかのようにやさしく。

 「良いんじゃねぇの?」
予想だにしなかった言葉に、ハニエルは目を開けた。
ミカエルは囁くように、しかしハッキリと続けた。
 「正直、お前の言っている“痛み”は理解できねぇし、したくもねぇ。そんなモンが無くたって生きていける」
腕に少し力を込めて、こちらを見たハニエルと目を合わせた。
 「でもそれは    弱さじゃないだろ?」
 「・・・・弱さじゃない?」
 「心が弱いってのは誰が決めることだ?何が基準なんだ?もしそれが、世間一般で言う弱さなら、お前は弱くて良い」
ハニエルは、眉を寄せた。
 「何故だ?私が弱ければ、お前が危険にさらされることになるぞ」

 

弱くてはいけない、強くなければならない。私達は兵器なのだから。

 

しかし、そんな思いとは裏腹に、ミカエルは穏やかに微笑んだ。

 「言ったろ。俺は“痛み”なんて解りたくねぇ。お前が解ってくれるんなら良い。
  それでお前が弱くなるんだったら、俺が守るだけだ。完璧な人も、物もこの世にはねぇよ」
 

ミカエルは固まったままのハニエルをおいて歩き出した。
ハニエルは暫くその後ろ姿を見つめていたが、何かが吹っ切れてような顔をして、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     後書きという名の言い訳     .

長々とお付き合い下さり、有り難う御座いました。

ミカハニです。あまりカップリングっぽくないですがミカハニです。
俺の書くハニエルは人間らしいハニエルです。
ですが、彼は強がりなので、ミカエルの前でしか本心をさらけ出せません。
ミカエルは、そんなハニエルの良き相談相手になって欲しいですねぇ(希望系)

にしても、今回は結構長いです。
俺が普段書いている物はコレの約3分の1ですよ。
どうしようもない駄文でした。