狂い咲き  
 

血のように紅い満月が美しかった。
そして地面は血で塗れていた。

望月が一番高く上った頃。

ガブリエルの命を受け、ミカエルとハニエルは、とある街を壊滅に追い込んでいた。
ガブリエル曰く、その街には十賢者にとって目障りな研究者がいるという。
それが誰か詳しく分からなかったが、街を丸ごと破壊すればその者は確実に死ぬ。
ミカエルはワイングラスに並々と血を注ぎ、飲み干す。
美酒とはまた違った味わいに、ミカエルは口元を吊り上げた。

「死体は雑菌だらけだ。その血を飲み干すという行為は愚行に近い」
「さすが元お医者様。死体にお詳しいこと」

皮肉たっぷりの口調で、ミカエルは更に一口。

 
「俺様は血に酔うんだよ。酷い死に方をした奴ほど、な」

 
くつくつと笑うミカエルに、ハニエルは小さくため息をつく。
この男といると、自身の常識が狂っていく。
それをこの男が知っているかどうかは定かではないが。

「お、桜吹雪。風流、ってか?」

ミカエルは今、桜の幹に寄りかかるようにして座っている。
その桜はまるでミカエルたちを迎えるかの如く、美しさを誇っていた。

「狂い咲き、か。この季節に桜が咲くなど、珍しいことだ」

死体の血を啜ったかのような紅い桜。
そこに座り込む、血を纏ったような男が一人。
妙に絵になる、と、ハニエルはらしくないことを考えた。

「うっ……」
「おお、まだ生き残りがいやがったぜ」

ワイングラスを放り投げ、ミカエルは立ち上がる。
首に捲かれたチョーカーの十字架が月光で光り輝く。
「あ、お前か。目障りな研究者って奴」
左手で男の首を掴むと、ミカエルは高々と持ち上げる。

「ハジメマシテ。で、もって、サヨウナラ」

ごきり、という鈍い音と共に、男の首は常識では考えられない方向に曲がる。

つまらねー。

ミカエルは首をこきこき鳴らしながら言う。
「もっと、こう、強い奴、いねえの? それとも俺様はすでに最強とか?」
「結論付けるのはまだ早い。私たちが仕事を始めて、まだ日が浅い。もしかすると貴様を満足させる人間が現れるかもしれない」
氷を連想させる水色の瞳が鋭くなる。
そう、まだ始まったばかり。
これから何が起こるのか、誰も想像できない。
いくらルシフェルの無敵の方程式をもってしても、予想外の展開もあり得る。
その場合、自身はミカエルの役に立てるのか?
ふと、ハニエルらしくない考えが浮かぶ。
これも、狂い咲きの桜のせいか?
ふっ、と、ハニエルは薄く笑った。

「いいぜ」
「? 何が?」
「その、笑顔。何度見ても惚れる」

割れたワイングラスの欠片。
ミカエルは拾い上げると、首を折った男の首筋に突き刺す。
「三秒ルールって知ってるか? 三秒以内までなら、落とした食い物を食っても平気なんだぜ?」
滴る血を舐めながら、ミカエルは説明する。
ハニエルは、ミカエルの言葉など耳に入らない。
ただ血を舐める舌の使い方が色っぽく、背筋に走るものがあった。

「お前も俺の手に落ちろ。そしたら骨の髄まで喰ってやる」
「戯言はそれくらいにしておけ」

最後の抵抗、と言っても過言ではなかった。
ハニエルは直後、ミカエルの両腕に絡め取られ、腕の中に納まった。
「食べたいなぁ。なあ、ハニエル?」
耳元で囁き、舌で耳たぶを舐める。
舌の動きにハニエルは驚き、抵抗するが、ミカエルの力には敵わない。

「……食べるなら、他のものにしてもらおうか?」
「嫌だ。お前がいい」

今にも襲いかかりそうなミカエルに、ハニエルは必死で抵抗する。
これがミカエルのベッドの上で行われているのであれば、ハニエルもそれ相応の反応を見せただろう。
だが、ここは任務地だ。情報収集のために、後続部隊が来ることになっている。
こんな所を見られたら、上官としての立場が無い。

「貴様の望みは何だ?」
「今夜、一緒にベッドイン」
言ったかと思うと、ハニエルを突き飛ばし、ミカエルは月に向かって笑う。
その瞳に狂気を宿らせながら。

「いいだろ? このままだと、俺様、狂っちまう」

流し目の視線は、甘美なもの。
ハニエルは何も言わなかった。
それが沈黙の肯定だと、ミカエルは知っている。
「ちゃんと来いよ。あんまり待たせると明日、仕事ができなくなるぜ?」
「情報部隊が来たようだ。帰るぞ」
さらりとミカエルをやり過ごし、ハニエルは彼に背を向ける。
振り向かなくても、彼が何をしているのか分かった。

多分、桜を見ている。

紅く染まった桜を自身に見立てて酔いしれている。
ミカエルは決してナルシストという訳ではない。
ただ、今夜はミカエルを狂わせるモノが多すぎるのだ。
恐らく待っていると言っても、待たされるのはハニエルの方。
ミカエルはしばらく帰ってこない。

月が美しいから。
桜が美しいから。
血が美しいから。

そんなミカエルでも。
ハニエルの想いは揺るがない。
そしてミカエルも。
狂気の中で、ハニエルの存在を掴んで離さない。

 
狂っているのは片方ではなく、二人なのかもしれない。
けれどそれを知る術は無く。
今夜もまた、二人の逢瀬は静かに激しく行われる。



     †感謝・感激・雨霰†     .

宮守 風雅 様から頂きました。

 

頂き物第二段。
ミカハニ色が濃くなってきています。。
素敵過ぎて何も言うことナシです。

ありがとうございました!