血の雨  
 

赤、紅、アカ。

目の前にはたくさんの血。
周りの家々は炎で覆われ、原型を留めていない。
そして累々たる死体の山。
その頂点に立つのは。

血のような紅い髪に、双方の瞳の色が違う男。
左目は血を吸い込んだように紅く。
右目は燃える炎を称えているかのように赤く。

彼は天使の名を頂きながら、残虐非道を行う者。

 
誰も彼の暴走は止められないと言われていた。
誰も彼の精神は理解できないと言われていた。

 
そんな彼の名は。
ミカエル。

 
彼の両手は紅かった。
たくさんの人間の血を吸っていた。

一体どれだけの人間を殺したのだろうか?

ふと、彼の脳裏に疑問が過ぎる。
が、それはすぐに打ち消され、再び殺戮の宴へと歩き出そうとする。
「もう、それくらいにしておけ」
彼の足を止める者。

それはミカエルとは正反対の蒼の髪。
双眸も水を汲み取ったかのような美しい水色を宿らせ、冷たい印象を与える。
その男もまた、ハニエルという天使の名を与えられていながら、十賢者という破壊的組織に組みしている。

「貴様は手加減というものを知らないのか? 適当に破壊しておけ、という命令を忘れた訳ではあるまい?」
「だからテキトウにやってるだろ? これでも手加減してやっているんだぜ?」
吐き捨てるように言い放つミカエルに対し、ハニエルは冷たい瞳を更に凍らせる。
「適当とは『適度に破壊する』という意味だ。貴様のやっていることは、いい加減という意味を持つテキトウだ」
「俺様を止めようって言うのか?」
ずいとハニエルの側まで近づくミカエル。
彼の中に潜む悪魔は、未だ血を求め続けている。
その暴走は長い歴史の中、止められた例が無い。

ただ一つ、例外を除いては。

「すまない」
「は?」
凄んでいたミカエルから、気の抜けた声が零れる。
「貴様はもっと暴れたいのだろう。しかし、命令には逆らえない。お前の望むことさえ叶えてやれないなど、相棒失格だな」
「ちょ、なんでそこまで話が飛ぶワケ?」
言って、ハニエルは悲しげな表情を見せる。
先ほどまでの殺意はどこに行ったのか?
ミカエルはハニエルの顎に手を添えると、無理矢理自分の目線と合わせる。
「俺はお前のそんな顔は見たくない。まぁ、お前の喘ぐ姿ならいつまでも見ていたいけどな」

今夜、俺の部屋に来いよ。

ミカエルがそっと耳元で囁く。
それをお互いが認め合うかのように。
二人は互いの唇を重ね合わせた。

 
最初に見た紅は、両親の血だった。
己の幼い手が血で汚れていくのを黙って見つめながら、心のどこかでは狂喜乱舞していた。
それは歳を重ねていくごとにエスカレートしていった。
弱いものを何度も嬲った。
いや、すでに己より強い人間が周りにはいなかったのだ。
だから何度も傷つけた。
弱い者たちの悲鳴と共に溢れる血。
これがミカエルの心を躍らせた。
軍に所属するようになって、それらの感情はさらに強まった。

自分と同じ紅。

それなのに、どうしてこれほどまで自分を狂わせるのだろう?
十賢者という兵器になってから、その狂気は更に強まり、もはや誰も止めることができないだろうと言われていた。

ハニエルに会うまでは。

ミカエルの血の世界に、突如として現れた蒼。
それはとても美しく、ミカエルの心を掻き乱した。

どんなことをしてでも手に入れる。

そう思わせる人物だった。
ミカエル同様、ハニエルが同じ感情を持った刹那。
それは心を満たすばかりか、狂気を押さえる特効薬となった。
それは今も変わらない。
永劫変わることはないだろう。

 
「すまない、連絡だ」
すいっ、と軽やかにミカエルの腕から離れ、ハニエルは通信機に耳を当てる。
その耳に囁きかけるのは、今宵、自分の睦言だけだ。
にやり、とミカエルは笑った。
今夜はハニエルという薬が心を満たしてくれるだろう。

 
「こちらハニエル」
「ミカエルの暴走は止まったか?」
ルシフェルの冷たい声音。
一応、というハニエルの言葉に、彼はそうかと応える。
「やはり私の計算に狂いはないな。それくらいが丁度良い破壊具合だ。すぐに撤退しろ。長居しても、何の利益もない」
一方的に切られる通信。
ルシフェルと会話すると、いつもこうだ。
「ハニエル、終わったか? 続きをやる、来い」
「どこで何をやるのか知らないが、遠慮しておこう。報告書が待っている」
ミカエルの前を颯爽と歩こうとすると、強い力で腕を掴まれる。
見れば、ミカエルの瞳は息を呑むほど魅惑的に輝いていた。

「夜中までには終わらせろ。終わったら、すぐに来い」

待っている、なんて言葉は使わない。
ハニエルが必ず来ることを、ミカエルは確信しているから。

踊らされているな。
小さくハニエルが呟く。
さあ、何のことだ?
ミカエルはにやにやと嘲笑う。

「とにかく、撤退する。行くぞ」
先に歩き出すハニエル。ミカエルは大人しく後についていく。
十賢者を生み出した研究者は、これを予想していただろうか?
狂いに狂ったミカエルを止める、生きた防御装置が現れることを。
ハニエルという、美しく、強い賢者が現れることを。

「雨だ」

突如振り出した、細かい、針のような雨。
ハニエルの言葉に、ミカエルは空を仰ぎ見る。
「人間の血、か」
モズが獲物を串刺しにするように。
ミカエルもまた、人間を何本かの木に突き刺していた。
それが雨と混ざり合い、二人に降り注ぐ。
血の洗礼のような光景にミカエルは酔いしれ、ハニエルは鬱陶しげに空を睨む。
二人は他者からは到底理解できない信頼関係があった。
同時に、二人は互いが理解できない考えがあった。

「手ぇ、繋ごうぜ」
「断る」

蒼い髪が紅く染まっていく。
ミカエルはそれが何だか楽しくて、一人不気味に微笑んだ。

 
赤、紅、アカ。
雨は二人を包み込み、やがて二人の姿は消えた。



     †感謝・感激・雨霰†     .

宮守 風雅 様から頂きました、ミカハニです!

 

書いて欲しいとお願いした所、書いてくださいました!
自家発電じゃないって、素晴らしいですね…!!
ありがとうございました!!